2014年10月2日木曜日

だれとしても一緒じゃない?〜かのんになるまで〜

実は、お仕事が決まりましたので、少し忙しくなりそうです。
ちょっとスピードアップしていきますね。

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再婚は子供が一年生に上がる時でした。途中で名前が変わるよりもという主人の好意もあって、入学前に籍を入れました。
二度と同じ過ちをしないぞと強く思ってました。「今度はきちんとしよう」ととても張り切ってました。
一方、主人も、すごくがんばってくれていました。40歳まで、自由に暮らして来た人が、いきなり一年生のお父さんをやるのは大変だったと思います。
二人とも頑張ろうと間違いなく無理をしていました。その中でも息子はマイペースでした。今までの暮らしの中で息子に色々なことを教えてこなかった部分が見事に露呈しました。とにかく仕事に穴を開けないように風邪を引かせないことしか考えていませんでしたので、暮らすために大切なルールややり方を教えてこなかったのです。
加えて元々好奇心旺盛で、親から見るといらんことをわざわざする子供でしたので、手を焼いていました。自然と息子が叱られることが増え、私はいつしか、ありのままの息子を見せないように主人との間に立つようになりました。二人の関係を取り繕う生き方をしました。
今思うと、家の中でのもめ事を避けたかったのです。
そして、さらに出来の悪い息子を育ててしまった私の中に、負い目がフツフツと湧いてきました。

「違う人の子供を育ててもらってる。私の間違った子育てのせいで迷惑をかけてる。」

主人はそんなことは一言も言ってないのに、私が勝手にそう思い込んでいました。
この頃は、精神的にいっぱいでした。
そして、気がつけば、勝手に思い込んだ負い目から主人に対して何も意見を言えなくなってしまったのです。
ただ主人と息子との間に立って右往左往するだけ。下の子が生まれてから、さらに家族内のバランスが崩れてしまいました。
39歳で産んだこともあって赤ちゃんのお世話が身体的に辛かったのです。すでに8歳の長男は赤ちゃん返りをする代わりに三年間毎年骨折をして、そのお世話も重くのしかかりました。赤ちゃんを連れて、松葉杖の子を送り迎えし、帰ってきたら、二人の子供の世話をするという生活が続きました。自分の時間もなく、今まであった友達との交流も減り、孤独でした。
そんな状況だったので、主人にまで気持ちがまわりませんでした。話したくてもいつも疲れて会話の時間がもてませんでした。

コミュニケーション不足で家族がバラバラになっていく。もうクタクタでできない。気持ちも心も限界。
あんなに気合い入れて臨んだ再婚だったのに。幸せになるつもりだったのに。またこんなに苦しい。
どうして?…

そんな時、前の主人に離婚する前に言われた一言を思い出したのです。


「だれとしても一緒でしょ?」


要は、私の性格だと、だれと結婚してもうまくいかないと言われたのです。

その時は本当に悔しかった。
「あなたのせいで私と息子の人生がメチャクチャになったのに、よくそんな言葉が言えるね。」と身体中の血が逆流したのをよく覚えています。

ふと思い出した言葉。
認めたくなかった。
でも、もしかしたら、前の主人も私ではない人と結婚したら幸せになっていたかもしれないとその時初めて思いました。
そして、今の状況も私の考え方が、そうさせているのかもしれない。

初めて嘆くことをやめて、自分に向きあおうと思ったのです。
今度こそ、本当に幸せになりたかったのです。

ちょうどその頃友達から、気になる話を聞きました。

生年月日も何も聞かなくても、悩みを解決できる人が金山にいるらしい…。

すぐ連絡をとり、タイミングよく予約できたのですぐに会いにいきました。

のちに私のティーチャーでもあるスクール オブ ライツの星野サーシャさんとの出逢いでした。

「人生を変えたい!」

藁をも掴む思いで60分15000円のセッションを受けました。


つづく



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